こんにちは。
セラピーサロンBonityの横内です。
今日のテーマは
「嫌なことを言われた!」ー心の境界線ー

心ない一言を言われ、一人密かに傷つく…
意外によくあることかもしれません。
皆さんは、そんな時どうしているでしょうか。
さて…ある女性Aさんの話をしましょう。
Aさんが休憩中水分を取っていたら、職場の年配の女性Bさんから
「そんなのもの飲むから太るんだ!」
またある時は、キャンディーをなめていただけで
「そんなものなめるから太るんだ!」
と大勢の前で怒鳴られるのだそうです。

Bさんからこう言われて、Aさんはどうしていると思いますか?
「(うるさい!だまれ!なんでいちいち私につっかかるんだ!)」
と内心は怒っているのに、
その場では怒りをフッと消して
「また太っちゃう~」
と笑って答えているのです。
(笑ってしまうのも心理的防衛の一つ。
またどこかでブログを書いてみたいと思います。)
Aさんのように
職場や学校、家庭内などで理不尽なことを言われているのに
笑ってその場を収めようとしてしまう
どうして、Aさんはこの行動をとってしまっているのでしょうか。
◆私は私、あなたはあなた。
私は私、あなたはあなた。
自他を分ける境界線が曖昧な場合、様々な問題が起こることがあります。
「私は私」とは
今、ココに存在するありのままの私のことです。
それは、たとえば
- 私の意見(「私は〜だと思う」)
- 私の欲求(「私は〜がしたい」)
- 私のプライバシー(私だけの大切な領域)
こうしたものは、私自身の「境界線の内側」にあります。
家庭内でよく起こる具体例を挙げてみますね。
- 自分が将来就きたい仕事と、親が自分に望んでいる仕事が違っている。
- 自分は「この服かわいい!」と思っているのに、親から「そんなの似合わないよ。こっちにしなさい。」と親の意見を押し付けられる。
- 自分が部屋で完全にリラックスしている状態の時に、誰かがノックもなしに部屋に入ってくる。
このように、もし誰かがこの境界線を越えて勝手に踏み込んでくると
人は「侵害された」「違和感がある」「不快だ」と感じます。
さらにこれは、相手から
「あなたのプライベートや意見や意思には価値がない」
という、無言のメッセージや圧力を受け取ることになってしまうのです。
◆境界線ってどうやって育まれるの?
子どもは生まれながらに自分の境界線を持っているわけではありません。
養育者(親)との「あたたかな関り」の中で、少しずつその感覚を育んでいきます。
「私はここにいていいんだ」
「私は親に守られている」
「私は愛される存在だ」
「ここは安心で安全な場所だ」

そう実感できる経験を重ねることで、
子どもはセキュアベース(安心の土台)を築いていきます。
その上で、「私」と「私以外の人」との間に
自然な境界線を感じられるようになるのです。
子どもが泣いている時、親が
「何があったの?」「何故泣いているの?」と寄り添い、
「それはイヤだったよね」「それは悲しかったね」と気持ちを受け取る。
子どもが何かを食べてその喜びを感じたとき、
子「お母さん、これおいしいね!」
母「うん、本当だ。美味しいねぇ。」
こんな風に親が子どもの気持ちを尊重し、共感すると、
子どもは
「自分の気持ちは大切にされている」
「自分は受け止めてもらえている」
「自分はわかってもらえている」
という安心感につながるのです。
こうした経験の積み重ねは、子どもたちの安心・安全の土台となります。
やがて子どもは、ありのままの「私」という存在を受け入れ、
同時に「私」と「他者」の違いを自然に感じられるようになっていきます。
子どもにどのように関わり、どのように境界線を示していくかは、
親に与えられた大切なミッションの一つともいえるかもしれません。
◆境界線が上手く育たないケースとは?
子どもの境界線は非常にあいまいで、
「私」と「それ以外の人」とをはっきり区別できているわけではありません。
そのためー
親が悲しんでいれば、
その気持ちを自分に取り込んで子どもも一緒に悲しくなったり
親がイライラしていれば、
それを自分のせいかもしれないと思い込んでしまうことがあります。
たとえば子どもが泣いている時、
親がイライラして、次のように言ってしまうことがあります。
「泣くのをやめなさい」
「男の子なんだから、めそめそ泣くのはみっともない」
「もう勝手にしなさい」
「(泣いていても無視)」
こうして子どもが感じている感覚や感情に寄り添うことなく突き放してしまうとーー
子どもは次のように感じてしまうかもしれません。
- 情けない私は受け入れてもらえない
- 男だから我慢しなければならない
- 悲しいという感情は出してしまうとお母さんやお父さんがイライラしてしまうから出してはいけない
こうした経験が重なると、子どもはどうなるでしょうか。
親に受け入れてもらえないことは、子どもにとって恐怖になります。
そして、「自分の感情はネガティブなものだ」と思い込み、
感じないように抑え込むことが習慣になってしまうこともあるのです。
その結果ー
「私は私」であるという境界線は曖昧になり
気付かないうちに相手の侵入を許してしまうことがあるのです。
◆ここまでのまとめ
みんなの前で叱責されたAさんと、Bさんの話に戻りましょう。
Aさんの幼少期の家庭環境についてはわかりません。
けれどもー
Aさんは自分のパーソナルスペースにBさんを入り込ませてしまっていた。
さらに、本当は「怒り」の感情を感じていたのに、それを抑えて笑いに変えてしまった。
そうすることで、この場はやり過ごせる、というメリットがあったのかもしれません。
でも、それはAさんにとって繰り返されてきたパターンの一つなのかもしれません。
最後に。
「私は私」、「あなたはあなた」という境界線は、
大人になってからでも引き直すことはできると思います。
また、境界線を引くということは
「自分は大切な存在である」と、自分で認識することでもあるのです。
ここまで読んでいただきありがとうございました。