こんにちは。
セラピーサロンBonityの横内です。

「さみしさ」という感情は、とても身近で、誰にでも訪れるものです。
けれど多くの場合、「感じたくないもの」「弱さの証」として、ネガティブに扱われてしまいがちです。
けれど実際には、こんな瞬間に顔を出してくることはありませんか?
-
家族もいて、仕事もあって、人とのつながりもあるはずなのに、夜になると急に押し寄せてくる「さみしさ」に戸惑ってしまう。
-
いつも周りには友達がたくさんいるけれど、一人になるのがつらくて、気づけば携帯を手に取り、「誰に連絡しようかな」と考えてしまう。
-
子育てに忙しい日々の中で、夫は仕事や趣味に夢中。自分だけが取り残されているように感じる「さみしさ」。
-
そして多くの母親が経験するのが、子どもが巣立ち、夫と二人きりの生活が始まった時に、突然訪れる「さみしさ」。
さて、今回のテーマは
「さみしさ」の向こう側にあるもの
子育てが終わったあとに感じる「さみしさ」
あなたはどうしていますか?

間もなく50代を迎える羊さんのお話です。
羊さんは田舎に暮らす主婦で、夫と3人の子どもがいます。
上の2人はすでに東京で社会人として歩み始めました。
残された一番下の子は、羊さんにとって心の支えであり、寂しさを和らげてくれる大切な存在。
けれどその子も、「兄や姉のように東京の大学に進学して働きたい」と話すようになりました。
「あと2年で、この子までいなくなってしまうのか」
そう考えると、誇らしさと同時に、強い寂しさが押し寄せ、生きていく気力さえ失いそうになるのです。
この羊さんのように、子どもが巣立っていくことを喜ばしく思いつつも、手元から離れてしまう「さみしさ」や、「この先は自分が独りになってしまうのでは…」という孤独感に悩まされる方は、とても多いように思います。
◆なぜそこに「さみしさ」を強く感じるのでしょうか。
「いやいや、子どもが離れていくんだから寂しいに決まってるじゃない!」
そう思われる方も多いでしょう。
確かにそれも大きな理由の一つです。
けれど、羊さんのように「生きていく気力さえ失せてしまう」となると、
そこには “ただ寂しい” では片づけられない背景 があるはずなのです。
-
夫と改めて向き合わなくてはならない
-
自分は不要な存在になってしまったように感じる
-
子ども以外の「自分の居場所」を見つけられない
1.「夫と改めて向き合わなくてはならない」
ー 自分を見てくれない夫
ー ずっと前から関係性が冷え切っている
ー 会話らしい会話はここ数年したことがない仮面夫婦である
今までは、子どもに目をかけることで向き合わずに済んでいた「夫婦問題」。
考えるだけで不安になり、ますます子どもの成長を手放しで喜べない現実が迫ってきている。
この現状に苦しんでいる人は、思いのほか多いのかもしれません。
そして、夫婦問題に向き合わずにいれば、得られていたこともあるのです。
例えばー
- 自分の居場所、経済的な安心が手に入っている
- 自分から歩み寄ってしまったら負けた気がする
- 現状維持を選ぶことで「これ以上傷つかずに済む」「自分は変わらずに済む」という安心感を得ている
実のところ、現状維持のメリットはとても大きいものだと思います。
心の中で「夫と過ごすなんて嫌だ!」と思っていたとしても、
それを隠し、波風も立てず、何事も起こっていないかのように振舞えばー
余計なケンカや揉め事にならずに済み、安心安全でいられるからです。
でも、これって本当に私たちが求めている安心なのでしょうか。
きっと答えは「No」でしょう。
そこで、少し胸に手を当てて、自分に問いかけてみてくださいね。
- 「私が夫と向き合ったら、どんなことが起こりそう?」
- 「夫に歩み寄ったら、私が負けになる?」
- 「自分が何も変わらず、このままでいたらどうなるのかな?」
出てきた感覚や感情を否定することなく受け止めてみましょう。
- 「そっか、向き合うのは怖いし嫌だって思ってたんだな、私。」
- 「歩み寄ることは、夫に負けるわけじゃない。でも、へりくだる感覚があるのが我慢できなかったんだよね」
きっと、たくさんの言葉が出てくると思います。
おすすめは、日記やノートにバーッと書くこと。
きれいにまとめる必要はありません。むしろ、心の中にあるブラックな感情こそ、素直に書いてみてください。
そして、夫婦関係だけでなく──
「自分は不要な存在になってしまった」と感じることも、さみしさを深める大きな理由のひとつです。
2.自分は不要な存在になってしまったように感じる
ー 母親、妻という役割をずっと頑張ってやってきた
ー 自分より家族を優先し尽くしてきた
自分の夢ややりたかったことを諦め、家族や子どものために力を注いできた人も多いでしょう。
そんなふうに「母親」という役割を一生懸命に生きてきた人ほど、子どもの自立をまるで「自分から卒業していってしまった」かのように感じてしまうのです。
その結果、強い孤独感や「自分はもう必要とされないのでは」という思いに苦しめられることも少なくありません。
3.子ども以外の「自分の居場所」が見つけられない
ー 子どもが全てだと思ってきた
ー 知らず知らずのうちに子どもに依存していた
子どもという存在があってこそ、自分の価値を見出せる。
「私」という存在意義を感じられる。
生きているという実感を持てる。
ーあぁ、私はここにいていいんだな。
子どもに必要とされている私は、価値があるんだ。
そう思えるからこそ、無意識のうちに我が子に依存してしまい、手放したくない、離れて欲しくないという気持ちが強くなるのです。
だからこそ、我が子が自分の元を巣立とうする時、それは寂しさや不安だけでなく、恐怖さえ伴うこともあるのだと思います。
そんな時こそ、一呼吸おいて自分を客観的に見てみてください。
「本当に子どもが自分の元を離れていったら、自分にはもう居場所がないのだろうか?」
「実は、もう居場所がないと決めつけてしまっているのは自分自身なんじゃない?」
子どもという存在だけを「自分の居場所」だと思い込んでいることに気付けたとしたら、それは大きな転機になるはずです。
◆「さみしさ」に気が付いたら...
では、この「さみしさ」をどう捉えていけばいいのでしょうか。
「さみしい」というのは、私たちにとってとても大切な感情の一つです。
誰かに預けることも、他のもので完全に埋めることもできません。
けれど本音を言えば、やっぱり受け入れがたい感情でもありますよね。
だからこそ、私たちは「さみしい」とき、人とのつながりを過剰に求めたり、人や物事に依存して、この空白を埋めようとしてしまうのだと思います。
でも、いくら自分の外側に解決策を探しても、自分の「さみしさ」を受け入れない限り、本当の意味での安心感は手に入りません。
本当の安心は──「さみしさを自分のものとして受け入れていくこと」。
ここからが、私たちの新しいスタートになるのだと思います。
あなたにとって、「さみしさ」の向こう側にあるものは何でしょうか。
ここまでお読みいただきありがとうございました。