こんにちは。
心理セラピーサロンBonityの横内です。

今回のテーマは
彼ができそうになると逃げたくなる
「彼(彼女)が欲しい!」と思うのに、いざ相手が近づいてくると、なぜか自分から距離を取ってしまうーそんな人がいます。
この一見して矛盾しているようにも思えるこの気持ちの背景には、どんな問題が潜んでいるのでしょうか。
◆こんな人いませんか?
- 彼(彼女)ができそうになると逃げたくなる。
- 彼(彼女)が欲しいけど欲しくない。
- 「私(僕)なんかと付き合っても、相手はつまらないだろう」と思ってしまう。
◆背景に隠れている問題
以下のような行動や思い込みが、無意識に恋愛を遠ざけている場合があります。
- 出会うための行動が伴わない(「いい人がいれば・・・」で止まって、自ら行動を起こさない)
- 「私と付き合っても相手は面白くないだろう」と勝手に相手の気持ちを決めつける
- お付き合いしたら自分を捧げなくてはならないと不安になる
- 無意識に「親と同じようになりたくない」と、恋愛する前から諦める
こうして、「彼(彼女)がほしいけれど私には無理だ!」と自分で枠を作ってしまうことがあるのです。
◆悩みの根本にある思い込み
- 私はダメで価値がない存在だ(=自己肯定感の低さ)
- 役に立たなければならない
- 私は他人と比べて劣っている気がする
- 私が愛される訳がない
- 女性性、男性性の否定(※これはまたどこかの機会でじっくり掘り下げたいと思います)
ここからは女性の視点で、具体例を挙げてみてみましょう。
1.自己肯定感が低い
- 「私は今まで彼氏ができたことがないから」「私はぽっちゃりしているから」
このように、自分自身の経験や外見・性格を理由にして、先に自分で線引きしてしまったり、相手がどう思うかを自分で勝手に解釈してしまうことがあります。
- 自分から告白した結果、相手に引かれた経験がトラウマになっている
- 会話の中で「でも」「だって」「どうせ」「だから」などのDワードを使ってしまう
これらの言葉は、言い訳、否定的でネガティブな言葉が後に続きます。そのため、頻繁に使うと聞き手の気分を害したり不快な気分にさせてしまうことさえあります。
例:
Aさん:「彼が欲しいなと思ってるんだ」
Bさん:「Aさんお料理上手だし、きっとできるよ」
Aさん:「でも、私なんかすぐ飽きられちゃうと思う」
こうした思考パターンが積み重なることで、ますます「どうせ私なんて...」という気持ちに囚われてしまうのです。
2.役に立たなければならない
- 献身的に尽くす「お世話型恋愛」
「お世話型恋愛」とは、相手に尽くしたりサポートしたりすることで安心感や喜びを得る恋愛スタイルのことです。アダルトチルドレン(AC)はこの傾向が強いと言われています。
相手に必要とされることで愛されようとするため、自分よりも相手を優先してしまう傾向があります。その結果、相手に尽くすことを何よりも重要視してしまい、時には過度に干渉したり、見返りを求めてしまったりすることがあります。 - ありのままの自分を受け入れられない
相手の役に立つ自分であれば「自分には価値がある」と自分を認められるけれど、「ありのままの自分ではダメだ」と思っていることがあります。だからこそ、相手に合わせて、相手にフィットする自分を演じでしまうのです。
こうして自分の価値基準を相手判断に預けている場合は、自分で考えて自分で行動することか怖くなってしまいます。共依存の関係に発展する可能性もあります。
3.他人と比べて劣っている気がする
- 比較の物差しが他人にある
比較の物差しを他人に置いてしまうと、「私はあの人より劣っている」「恥ずかしい」と、自分を過度に下げてしまいます。
このように過度に自分を下げてしまうと、生きづらさにつながります。
結果として「こんな私と付き合いたいと思う人はいないだろう」という思考に結びついてしまうのです。
ここにはやはり心理的利得(メリット)が隠れています。
「私はあの素敵な人たちと違って劣っているからだめなんです」とお思えば、行動をしなくてもいい『言い訳』が成立してしまうからです。 - 自分を出すことが怖い
他人を基準にして「私は劣っている」と感じると、自分を出したり、表現したりすることが恐怖になります。「こんな私は、きっと嫌われてしまうにちがいない」と相手との距離を取ってしまうのです。
距離を取れば当然寂しさは残るものの、『嫌われる恐怖』からは解放される。
そこに安心というメリットがあるからこそ、同じパターンを何度となく繰り返してしまうのです。
4.私が愛されるわけがない
- ビリーフ「私が愛されるわけがない」
ビリーフとは親、周囲の大人、友人との体験の中から無意識に形成された信念(思い込み)のことです。私たちは、幼少期に身に着けた信念を強化しながら成長していきます。
では、「愛される」という感覚はどこから育まれるのでしょうか。
■愛着(アタッチメント)とは
心理学でいう『愛着(アタッチメント)』という言葉は、精神科医ジョン・ボウルビィが提唱した概念で、子どもが養育者と結ぶ情緒的な絆を指します。
子どもにとって、幼少期に親子の間で、愛着がどう育まれるかは、とても大切なのです。
■具体例
先日病院の待合室で、お母さんと子どもの会話を耳にしました。そのやり取りに「これこそ愛着だな」と感じたのです。
足を痛めて包帯していた2~3歳の子どもが、一生懸命スリッパを履こうとするのですが、なかなかうまくいきません。
母「〇〇ちゃん、足、痛いねぇ。」
子「うん、痛い。」
母「どれどれ、スリッパを履こうかね。(お母さんがスリッパを履かせてあげる)」
子「うん(嬉しそう)」
一見何でもない、よくある親子の光景のようにも思えます。しかし、
ー親が子どもの行動を温かく見守りながら、子どもが感じていることを受けとめ、共感するー
というこの一連の流れは、子どもにとって何より大切な体験なのです。
「ぼくの痛みをわかってくれるんだな」
「ぼくのできなかったことを助けてくれたんだな」
その実感は
=「ぼくは愛されているんだ」
=「ぼくの居場所はここにちゃんとあるな」
という確かな認識につながっていきます。
ところが、この愛着がうまく育まれなかった場合はどうでしょうか。
子どもがどんなに「愛してほしい」と願っても、残念ながら親や環境の問題でそれが叶わないことがあります。
すると「私は愛してもらえない」という信念が、自分の中に根を張ってしまうのです。
「たとえ愛していると言われても信じられない」
「私は愛されないと思っていたほうが楽だ」
そう思う事で、最初から距離を取ったり、相手を試すような行動を繰り返したりします。
「相手が本当に自分のことを好きなのか」を何度も確かめずにはいられなくなるのです。
◆自分の気持ちに気付いたら...
彼ができそうになるとなぜ逃げたくなる。
彼が欲しいのに欲しくないと感じる。
この矛盾した感情の根っこにある自分自身の問題に気付いたらどうすればいいのでしょうか。
- 自己肯定感を育てること&他人と比べて劣っている気がする
自己肯定感は育てようと思っても簡単に育てられるものではありません。特に比較の物差しを他人に預けてしまうと、どうしても「自分は劣っている」と感じてしまい、自己肯定感は下がってしまいます。
例えば、
「自分はぽっちゃりしている」→「だから私は醜い。全部ダメ。」
「私はあの人と比べてスタイルがよくない」→「だから私には価値がない」
と他人との比較から極端に結び付けてしまう人は少なくありません。
若い世代に限らず、40~50代の女性であっても、激しいダイエットを繰り返したり、拒食や過食に悩んだりしてて苦しんでいる人が多くいます。
大切なのは、この極端な思考から抜け出し、比べる基準を「他人」から「自分」に戻すことです。
「自分はぽっちゃりしている」=「自分の一部」
であり、
「自分はぽっちゃり」≠「自分の全てではない」
なのです。
自分の一部を自分の全部と決めつけず、「これは私の一部にすぎないんだよ」と受けとめてあげることで、少しずつ自己肯定感は育むことができるのです。 - 役に立たない私
「役に立たない私を受け入れる」
実は、これを受け入れることはとても難しいことです。
なぜなら、これまで「役に立つ」ことで自分の価値を見出し、居場所を得てきた経験があるからです。
そのため、いきなり
「さぁ今日から自分は自分!役に立つ自分は卒業しよう!」
と行動に起こそうとしてしまうと、
罪悪感に襲われたり、絶望感にさいなまれてしまうことさえあります。
だからこそ、このテーマに強く問題意識があるという方は、一人で考え込まずセッションやカウンセリングで相談してみることをお勧めします。 - 「私が愛されるわけがない」を緩ませるには?
「役に立たない私」同様、「私は愛される存在だ」を受け入れることは非常に難しいのです。
なぜなら、
「親から愛してほしかったのに、愛されなかった」
という幼少期の心の傷を癒すことなしに、前に進むことは不可能だからです。
仮に無理に「私は愛される存在だ」と思い込み、「よし、彼を作るぞ!」と行動しても、相手からうまく愛されなかった場合には、
「ほら、やっぱり私は愛されない」
と愛されない存在であることを強化してしまうことになりかねません。
◆さいごに
「なぜ私はそう感じてしまうのか」と、自分の内側に目を向けることは、解決のための大切な第一歩です。
ただ、こうした問題を一人で抱えていると、出口が見えにくいこともあります。
Bonityでは、現在モニター様を募集しています。
もし「自分もそうかもしれない」と感じたら、ぜひ一度お話を聞かせてください。