ー自分に『問題解決する力』があることを思い出し、
未来に目を向けられる私にー
こんにちは。Bonity横内です。
今回のテーマ
あなたは自分のことを愛していますか。

「誰かを愛したいな...」
「愛されたいな...」
そう願っている人は、きっと少なくないと思います。
恋愛でも、結婚でも、友達との関係でも
『あたたかな繋がり』を求めるのは、人間の自然な欲求ですよね。
でも、どんなにその想いがあっても、
気づけば心がすれ違っていたり、
愛したい人なのに、うまく愛せなかったりすることがあります。
そこで今回取り上げたいのは、
エーリッヒ・フロムのこの言葉です。
「他人を愛することを学ぶためには、
まず自分自身を愛することを学ばなければならない。」
— エーリッヒ・フロム『愛するということ(The Art of Loving, 1956)』
この言葉が少し表現を変え、こんな風にも言われています。
「人は、自分を愛するようにしか他人を愛せない。」
ガガーン!
この言葉を初めて聞いたとき、
正直、私はかなりの衝撃を受けました。
投影の法則に当てはめて考えてみると──
もし「自分のことなんか好きじゃない」と思っているとしたら、
自分の中のその『心のレンズ』を通して、相手のことも見てしまっている。
そんなことが起こりえるからです。
◆「自分のことなんか好きじゃない」の、何が問題?
自分の心のレンズを通して世界を見るとき、
相手の言葉や態度も、そのレンズ越しに映ります。
「どうせあなたもそう思っているんでしょ」
「あなたも私のことなんて嫌いなんでしょ」
そんなふうに、無意識のうちに感じてしまう。
私はそのとき、思いました。
「……これって、わたし、けっこうヤバいのでは?」
なぜなら、かつての私は
“条件つき自己否定さん”だったからです。
「〇〇ができる私は好き、OK」
「⬜︎⬜︎ができない私は嫌い、NG」と。
そんな自分でいたら、
愛もまた『条件つき』になってしまいますよね。
さて、ここで改めて質問です。
あなたは、自分のことを愛していますか?
そして、
あなたの大切な人を、どのように愛していますか?
◆自分のことが嫌いになるプロセスって?
本当は、失敗しても自分を責めずにいたいし、
人と比べて落ち込まずにいられたらいいですよね。
もっと、自分をやさしく扱えるようになりたい。
だけど現実は、
ちょっとした出来事で「自分なんて…」と落ち込んでしまうことがあります。
一度の失敗が、まるで「全部がダメになった」かのように感じてしまったり、
人と比べた瞬間、自己評価メーターの針が
ガタンとマイナス側に大きく振れたり。
そんな体験が積み重なるたびに、
私たちは少しずつ
"自分は大切な存在だ"という感覚を失っていくのだと思います。
たとえば──
仕事で挑戦して失敗したとき、
「私はいつも失敗ばかりで恥ずかしい」
「人からがっかりされる私はダメだ」
そんなふうに感じ、自分のことが嫌になる。
自分にいいところがあるのは分かっているのに、
気に入らないところばかりに目が向いてしまい、
「私にはいいところなんてない」と自己卑下してしまう。
または、周囲の誰かと比べて、
「ブス」
「太っている」
「頭が悪い、仕事ができない」
そんなラベルを自分に貼りつけてしまうこともあるでしょう。
こうして、知らず知らずのうちに、
私たちは自分という存在を低く見積もってしまうのです。
そしてその結果、
「自分なんて嫌い」
という思いが生まれてしまうのです。
◆なぜ、自分が嫌いになってしまうの?
- "条件つきの自分"として扱われた経験
親が喜ぶ私でいれば、
認められる私でいれば、
ここにいても大丈夫。そんなふうに幼少期を過ごしてきた人は、
「がんばる自分」こそが価値のある自分だと感じやすくなります。そして、がんばり続けた分だけ
人から認められたり、喜ばれたりする “成功体験” が積み重なっていきます。その結果、
がんばることをやめられない。
一つのミスさえ許せない。だって、「できる私」じゃないと、
愛されないような気がしてしまうからです。 - 他人の評価が、自分価値のモノサシになっている場合
人に評価される自分は〇
怒られたり注意されたりする自分は✖そんな“評価基準”で自分を見てしまうことがあります。
もちろん、誰でも怒られたり注意されたりするのは嫌なものです。
でも、同じ出来事でも受け取り方は人によって違います。「次は気をつければ大丈夫」
「どこを改善すればいいかな?」そんなふうに前向きに捉えられる人もいれば、
一つの指摘で「全部を否定された!」
「もう自分はダメだ…」と受け取ってしまう人もいます。
この“過度な捉え方”が起こるのは、
心の奥でこんな信じ込みが働いているからです。-
「評価されない自分は、ダメで要らない存在だ」
-
「評価されない自分は、嫌われて見捨てられる」
そう感じてしまうと、
人に嫌われないように、見捨てられないように、
“完璧な自分”を目指したり、
“期待通りの自分”を演じてしまったりします。でもそれは、
本当の自分を押し込めて、
“評価されるための自分”だけを生きているということ。その苦しさが積み重なると、
「こんな自分なんて嫌い」と思ってしまうのです。 -
◆「自分を好きになる」って?
- 自分の認知はどうなってる?
自分を好きになろうとする前に、
ひとつ、気づいてほしいことがあります。それは
「自分の認知(ものの見方)が、ゆがんでいることがある」
ということ。たとえば
一つミスをしただけなのに、
「全部がダメになった」「私って本当にダメな人だ」
そんなふうに思ってしまうことがあります。でも実際には、
“一つのミス=全部のミス”ではありませんよね。- ひとつできなかった → 私は何もできない
- 一度怒られた → 私は嫌われた
- 今日うまくできなかった → 私はずっとダメ
こんなふうに、
たったひとつの出来事を“すべて”に広げてしまう思考が続けば、
自分の価値を低く見積もり、次第に自分のことが嫌いになってしまいます。一事が万事だと、
悲観的なメガネをかけているのは、他人ではなく自分自身だったんだな。ここに気づくことが、
実は何より大切なのだと思うのです。 - 自分を愛するって?
自分の自動思考や認知のゆがみに気づけたら、
次のステージとして「じゃあ、自分を愛するってどういうこと?」というテーマが見えてきます。でも、その前に知っておきたいのが
“よくある誤解” です。
● よくある誤解①
「自分を愛する=自分を甘やかすこと」だと思ってしまう
● よくある誤解②
「自分を愛する=いつもポジティブで、元気で、完璧でいること」
だと思ってしまう
でも実際の「自分を愛する」は、
「甘やかす」ことでも、
「いつも明るく完璧でいること」でもありません。今までの私たちは、
自分のこういうところが嫌い
→ だから嫌
→ 隠したい、誰にも見せたくない
→ 無理やり頑張るそんな“自己否定ループ”の中にいたのだと思います。
目指すのは、このループからの脱却です。
◆自分の「ダメだと思ってきた部分」を受け入れる
自分を愛するとは、
ダメなところを無くすことでも、
完璧な自分を作ることでもありません。
「ああ、私は今こう感じているんだな」
「私はこういう弱さも持っているんだな」
と、今の自分をそのまま“見てあげること”。
嫌いな部分を責めるのではなく、
「そう感じる自分には理由があったんだね」と、
そっと寄り添ってあげること。
その積み重ねが、
“自分を愛する”という土台になっていきます☺
ここまで読んでいただきありがとうございました☺