Bonity | 自分を知ると、人生が変わる

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あなたは、怒りを出すことが「悪いこと」だと思っていませんか?

ー自分に『問題解決する力』があることを思い出し、

未来に目を向けられる私にー
 

こんにちは。Bonity横内です。

 

今回のテーマ

あなたは、怒りを出すことが「悪いこと」だと思っていませんか?

「怒る」って悪いことなの?

「怒り」をコントロールできるようになりたい
「怒り」の感情なんて、なくしたい


これは、多くの人が抱えている悩みのひとつだと思います。
リトリーブサイコセラピーの門をくぐるまで、私も同じ悩みを抱えていました。

私の経験でいうと、
子育てで「何回おんなじこと言わせるの!」とイライラする。
夫に対して「私ばかり頑張って、あなたは手伝ってくれない」と感じるイライラ。
義理の親の無遠慮さに「ちょっと失礼じゃない?」と胸にモヤッとくるイライラ。

それぞれのタイミングで処理されなかったイライラは、
次第に“織(お)り”のように何層にも重なっていきます。

そしてある日、なんでもないようなささいな出来事で、
地獄の窯の蓋が吹っ飛んで「どっかーん」と大爆発。
そのあとには決まって、
「あ〜…またやってしまった」と自分を責める罪悪感だけが残る。

それでも当時の私は、
悩んではいるのに“どう向き合えばいいのか”もわからず、
かといって本気で解決しようとしていたわけでもなく……
同じ出来事がぐるぐるとループしているような時期でした。

わたしと同じように苦しんでいる人は、きっと少なくないはずです。

だからなんでしょうね、
よく「アンガーマネジメント」や「イライラ・怒りに振り回されないためには」という本を目にします。

でも、
「こんなこと相談するのは恥ずかしい」
「仕方ない、我慢するしかない」
と悩みを脇に置いて、他のことで自分を紛らわてしまう人は多いのかもしれません。

 

私たちが怒りに悩むのはなぜ?

ところで、
なぜ人は「怒りをコントロールできるようになりたい」と願うのでしょうか?

  • 怒ることはよくない恥ずかしいことだと思っている
  • 怒ることで、もうこれ以上誰かを傷つけたくない
  • 怒ってしまった後の罪悪感を感じたくない

でも本当はその裏で、

  • 怒りを出せない自分が苦しい
  • 怒りを出したら出したで止まらない自分も苦しい
  • 怒りを感じている自分が、いよいよごまかせなくなってきた

こうした“心の限界サイン”に、
自分でも気づき始めている人もいるかもしれません。

では、私たちは「怒り」というものを
どう捉えているから、怒ることを躊躇してしまうのでしょうか?

 

怒ることを躊躇するのはなぜ?

怒りを感じているのに「出してはいけない」と思ってしまったり、
そもそも怒りという感情に気づけなかったり、
怒りを表すこと自体が苦手だったり……。
気づけば、怒りに蓋をすることが“当たり前”になっている場合があります。

その背景には、

「怒る=悪いこと」
「感情を出す=嫌われて孤独になる」

そんな思い込みが、心の深いところに根づいている可能性があります。

そして、この思い込みには、
幼少期の親からの影響が大きく関わっていることがあります。

たとえば、

  • 怒った瞬間に「そんな子はいらない」と拒絶された
  • 感情を出すと「うるさい」「いい子にしなさい」と否定された
  • 家庭の中で“怒り”がタブーだった
  • 逆に、親が理不尽に怒りを爆発させる人で、怒り=恐怖になっていた

こうした経験により、
自然と 「怒らないほうが安全だ」 と学習していきます。

 

怒ることは悪いこと?

怒ることは決して悪いことではありません。

自分が嫌な思いをしたときに「嫌だ」と感じるのは当然の反応ですし、
大切な人を守ろうとするときに湧き上がる怒りも、自然な反応です。

ただ、当時の自分を振り返ると—
どうしてこの人はわかってくれないんだろう」という思いからくる怒りに
長いあいだ苦しんでいました。

その奥には実は、こんな気持ちがありました。

  • わかってもらえない私は、どこか馬鹿にされているように感じる

  • 大切にされていない気がして寂しい

  • どうしたって、相手にわかってほしい

  • 相手を変えたい
  • 相手を自分の思うようにしたい、コントロールしたい

怒りの根っこには、
「私のことを大切にしてほしい」
「わかってもらえないのは寂しいし、悲しい」
という思いがあったんだなぁ...と気づいたのです。

そして、その一方で、

「私のことをもっと大切にしろ!!」
「ギャーギャー(言葉にならない叫び)!」

と叫びながら、
本当は、相手を自分の都合よく変えたいという気持ちを
家族という一番近い相手にぶつけていたのです。

 

怒りの根っこに気が付いたら

自分で自分の内側を見ることができるようになってから、
「正直、わたし変わったよなぁ」と自分でも実感しています。
家族にも言われるくらいなので、きっと確実に変わってきたのだと思います。

怒りという感情は、“二次感情”だと言われています。
その奥には必ず、何かしらの本当の気持ちが隠れている。

私の場合、その怒りを辿っていくと、
自分の中でも認めたくなかった “寂しさ” や “悲しさ” がありました。
その本当の気持ちを、まずはそのまま受けとめること。

さらに、
自分の中の自己愛が炸裂して、
「相手を変えたい」と無意識に思っていた自分もいたんだ……
その部分も、責めずに受けとめられるようになりました。

こうして、
自分の内側にあるものをひとつひとつ認めていくと、
怒りに対する見え方が少しずつ変わっていきます。

「怒り」という感情は、私たちが持つ大切な感情の一つです。
決して消すことはできませんし、
むしろ私たちが自分の人生を生きるためには、欠かせないもの。

だとしたらなおさら、
これまで持て余してきたこの感情と、
もっと上手に付き合っていきたいですよね。

ここまでお読みいただきありがとうございました。