ー自分に『問題解決する力』があることを思い出し、
未来に目を向けられる私にー
今回のテーマは
お釣りでもらった50円分の5円玉10枚。
あなただったら受け取る?

「モヤモヤ」って、わりと私たちの身近なものですよね。
今日は、自分の中で感じた
「モヤモヤ」
(・・・なんか字までモヤって見えますが(笑))
についてお話ししたいなと思います。
自分をすこし深掘りしてみたら
原因は「外側」ではなく
「内側」にあった...というお話です。
◆たった50円のはずなのに...
先日、近所のカレー屋さんで買い物をしたときの話です。
1,350円分のカレーを買い、2,000円を出しました。
お釣りは
500円玉1枚、100円玉1枚。
次は50円玉のところに行くのかと思いきや、
店員さんの手は、5円玉のところへ。
1枚、2枚、3枚……と数え始めたあたりで
(番町皿屋敷みたいw)
「え?え?」と、頭が混乱しているうちに、
5円玉10枚とともに、
「はい、650円のお釣りです」
と言って、私の手元へ差し出されました。
以前の私であれば、
「なんか嫌だな」と思いながらも受け取り、
家に帰ってから、
「なんかモヤモヤするー!!」
と、ひとりで怒っていた気がします。
では、今回はどうだったかというと。
「これは、ちょっといただけないので……」
と伝え、
改めて自分の財布の中を確認すると、
10円玉が5枚ありました。
(最初から出せばよかったな、という後悔が
一瞬、頭をかすめつつも)
それを出して、
700円のお釣りをもらいました。
表面的な解決はできたように見えますが
結局、私の中にモヤモヤは
残ったままだったのです。
◆ 私の脳内会話
正直に言うと、
そのときの私は、こんなふうに感じていました。
・なんだか、店員に軽んじられた気がする
・最初に「50円玉と10円玉を切らしているのですが」
とか、一言あってもよかったんじゃない?
・サービス業としてどうなの?
私だったら?こんなサービスはしない etc...
脳内の批判者が、
お店と店員さんをジャッジするような
会話を続けます。
一方で、
・こんなことでイライラするなんて、
私はなんて心が狭いんだ。
・金額的には何も間違ってないじゃん。
細かいことにとらわれすぎだ!
と、今度は自分を成敗し始める始末。
実は、
今までにもこんなふうに、
「外側のせいで、自分はこういう気持ちにさせられている!」
と、ネガティブな感情にのまれることが度々ありました。
だからこそ、
これは自分の内側を見つめる
いい機会なんじゃないかと思い、
一体、何が問題なんだろう。
どうしたら解決できるんだろう。
と、自分に向き合ってみることにしたのです。
◆ 他人は自分の写し鏡
「失礼なことをされて、モヤモヤした」
最初は、そんなふうに
このモヤモヤの原因は
外側である相手にあるように感じていました。
でも
今回起きた目の前の出来事は、
私の内面が作り出した世界を
相手の中にみつけだし
相手を批判していたのかもしれない
と気づかされたのです。
では私は、
相手の行動の中に何を見ていたのか。
振り返ると、
・お客さんには正しいサービスを提供するべき
・失礼なことをしてはいけない
・完璧にやらなくてはならない
・世間一般的な常識から逸脱してはいけない
そんなふうに、
自分の中の
凝り固まった常識やルールを、
目の前の相手に当てはめ、
同時に、
自分が自分に
禁止してきたことを、
相手の中に見つけていたのかもしれません。
だとしたら、
これは誰の問題なのか。
「あぁ、これは自分が選んでいる問題だな」
そんな気づきにたどり着いたのです。
そもそも、
私たちはなぜ、
こうした反応を選んでしまうのでしょうか。
◆ 不快を避けようとすればするほど...
人は無意識のうちに、
不快を避け、快を得ようとするものかと思います。
例えば、
「仕事ができない無力な自分は感じたくない」
という思いを原動力に
完璧を目指したとしましょう。
頑張った結果、
人から評価されることもあるかもしれません。
でも一方で、
目の前に仕事でミスをする人が現れたとき、
その人を
「だめだ」と
レッテルを貼り、
決めつけしてしまう可能性もあります。
だから、
「無力な自分を感じたくない」
という感覚を避ければ避けるほど、
不思議なことに、
そうした部分を持つ人が
目につくようになるのも
よくあることなのかもしれません。
◆ そんな時こそ自分の感情を感じきる
今更ですが、
私自身も、
これまで書いてきたような性質を
持ち合わせています。
「ダメな自分なんて感じたくないじゃない」
私はずっと、
そう思って生きてきたように思います。
だって感じてしまったら、
自分の存在を
消したくなるような感覚にもなるし、
必要のない人間だと
人から拒否されて、
居場所がなくなる恐怖も湧いてくる。
なにより、
むなしさ、やるせなさ、
悲しみで
いっぱいになってしまうから。
でも本来、
わたしたちは
あるがままの自分で
存在したっていいはずなんですよね。
それを素直に受け入れることができたら
羽のように軽く生きていけるのに。
だからこそ
今日はここで自分自身に言いたいなと思うのです。
むなしさ、やるせなさ、悲しみを
ちゃんと感じて
自分のものとして
受け入れたとき、
その先に、
どんな自分が待っているのだろう。
ここまでお読みいただき感謝感激です♪